ご挨拶
三重大学スキルズラボ施設長 佐川 典正
現在、医学教育は変革の時を迎えております。医学生に対するモデル・コア・カリキュラムと共用試験、新卒医師に対する卒後臨床研修必修化、また、看護師に対しても医師と同じく臨床研修制度の創設が検討されています。このように現場における臨床家の育成は、世の中の健康・安全に対する不安の高まりと医療機関への期待にこたえるために急務とされておりますが、到達度はまだ十分と言えないのが現状です。
日本における教育の基本に徒弟制といわれるものがあります。いわゆる「職人」を育てる教育法で、今でも将棋や落語、相撲といった世界ではこの制度が後継者を育てる仕組みとして機能しています。これらの世界では親方は自分の技術を伝承することに熱心とはいえません。弟子は、自分で研究をし、師匠の姿を見て技術を盗んでいったり、兄弟子や、別の師匠に教えを請うたりして、自分で吸収しようとします。
医学、看護教育に目を移してみると、上級医並びに看護師からの指導もあり、学ぶ教材も多くこれらの職人育成法とは異なっているのですが、一方で、特に新人臨床家に対して「見て覚えろ」、「技術は盗め」といった教育も残っております。理由として臨床の現場では教育担当者はいわゆる「教育者」でなく、「臨床家」としての一面が強いからで、これは師匠が教育を専門に行うのではない職人の世界と共通したものです。
この教育法には、教えられる側の自覚を促すという大きな利点があります。宮本武蔵の『五輪の書』の中にも、「教えたときにすっと吸収できるときがあるが、その時期に来ていないものに教えようとしてもあまり役に立たない、その時期に来ていない人にはむしろ教えない方がいい」という件があります。学ぶには本人の自覚が最も大切というもので、もちろん医学教育においても当てはまります。その意味で、医学教育における「徒弟制」の一面は必要なものですが、一つの問題として教わる新人も臨床家であり、彼らから医療を享受する人々がいるということです。常に最高の医療が求められ、また、最高の医療を提供すべく努力している臨床家にとってこれは大きな矛盾となります。これらの矛盾を解消すべく、「徒弟制」的な教育のみならず、臨床家としての自覚をもつものに教育をする機関や制度が必要となってきます。
今回、三重大学では教育施設としてスキルズラボ(通称MiT)を設立することとなりました。臨床現場において対象は患者さんであり、その教育も患者さんを対象として行われるべきものなのですが、知識、技術が満たないものに医療行為をさせるわけにはいきません。こうした実際に体験できない技術や知識を教えるためにとられる教育法としてシミュレーション教育がありますがMiTは医療シミュレーションを可能とした教育施設です。
シミュレーションのもともとの意味は模擬、仮想、見せかけといったもので、現実の状況に模倣した状態のなかで模擬訓練やケーススタディ、ロールプレイングを行うものです。
特徴としては、
- 何回でも同じ環境を作り出せる
- 何回でも異なった対応を試すことができる
- 達成度を確認しながら実施できる
- 安全に実施できる
といったものが挙げられます。
宇宙飛行士の教育にシミュレーションが用いられていることは有名です。実際に宇宙に行ってから教育するのは不可能であり、無駄も多く、生命の危険もありますが、事前に疑似体験をし、さまざまな状況に対応可能な知識、技術を習得したうえで初めて安全に宇宙に行き、効率よく正確かつ安全に任務を遂行することが可能となります。医学教育も同様で、実際の患者さんに相対する前に疑似体験し対応能力を身につけることで、始めて安全で適切な医療行為が可能となります。
これまでにも医療教育用のシミュレーターは存在しており、本学にも多数ありましたが、実際の教育として十分に機能しているとは言えない状態でした。今回MiT設立にあたり特に強調したいのが、多くのシミュレーターをそろえたことに加え、充実した教育プログラムを設定していることです。本学附属病院において最前線の臨床家として医療に従事している医師、看護師が講師となり、少人数制での指導を予定しております。また、今後もニーズに応え講義内容を充実していく予定です。
最後に、今後、多くの皆様方に活用していただき、MiTがすぐれた臨床家の育成に少しでもお役に立てれば光栄に存じます。また、MiTが三重県にとどまらず全国に向けた医学教育の発信基地となれればと思っております。